金属酸化物と金属の複合が、不可能であったバイオマス→石油化学製品を可能に
1. はじめに:これまでに実現していない反応
このテーマでは、これまで不可能であった反応を新しい学理と無機・金属材料を駆使した革新触媒で実現すること、そして必須化学資源を持続的に製造することを目的にしています。
アニリンは現代文明に不可欠な化学資源として年間1,000万トン以上製造されています。身近なところでは解熱鎮痛剤や、農作物を害する生物・植物・菌の駆除剤といった医農薬の原料がアニリンですし、染料やゴムの製造にアニリンは欠かせません。アニリンがなければ、熱が下がらず、痛みが止まらず、農作物の収穫量は半減し、その価格が高騰するだけではありません。アニリンなくなれば、ゴムや染料を手に入れることができなくなります。
このアニリン、石油からとんでもない手間とエネルギーをかけて製造しています。それでも製造するのはアニリンがないと現代社会が維持できないからです。図1には、現代のアニリンの製造法が示されています。まず石油を精製して芳香族化合物ベンゼンを手に入れます。このベンゼンを濃硝酸と濃硫酸の混合物(混酸)を使ってニトロベンゼンにします。そして、このニトロベンゼンを貴金属触媒の存在下で水素還元してやっとアニリンが得られます。この二段階のプロセスでは、混酸の再利用・廃棄(一段目)、有毒なニトロベンゼンの生成と取り扱い(一〜二段目)、貴金属触媒・水素還元(二段目)でかなり大きなエネルギー消費とコストがかかります。それ以前に、石油が高騰する現在、アニリン価格も高騰し、石油がなくなる将来にはアニリンは入手が不可能となります。
この課題を解決する方法の一つがフェノール(phenol)からのアニリン(aniline)を合成すること(phenol to aniline: PTA)です。フェノールは植物を熱分解すると得られる数少ない芳香族化合物であり、生木から炭を作るときに流れ出るタールには多くのフェノールが含まれています。そして、フェノール性水酸基をアンモニアでアミノ基に置き換えれば、アニリンが得られるはずです(図2)。この反応、簡単に見えますが、不可能と考えられてきた反応です。皆さん、有機化学の教科書を今一度見てください。芳香族化合物のいくつく先がフェノールであり、これ以上の変換は期待できません。つまり、フェノールの水酸基をアミノ基に置き換えることはできないのです。
2. PTA触媒のつくりかた
PTAは不可能である。それでは、PTAを可能にする触媒を作りましょう。これが私たちのスタンスです。この反応を実現するため、新コンセプト触媒を計画しました(図3)。まず、目的の触媒はフェノールを吸着する土台と吸着したフェノールのC-OH結合を切断する触媒能をもつ金属粒子の複合で得られると考えました。ただし、金属粒子が土台に吸着したフェノールのC-OH結合切断するためには、フェノールの-OH基を土台に向けて、直立したような吸着状態(黄色)を維持する必要があります。土台に対してベンゼン環を水平に吸着させた場合(赤色)、金属粒子がフェノールのC-OH結合切断するのは困難です。問題は、黄色のフェノールの吸着状態を達成する土台が見当たらないことです。このような状況の中、私たちは目的を達成する土台が特定の無機酸化物で、とある遷移金属粒子を固定化した当該無機酸化物がPTAに有効であることを初めて見出しました。
3. PTA触媒の性能:不可能を可能に
表1に示すように従来の金属/無機酸化物の触媒では当該反応を全く触媒できませんでした。しかし無機酸化物Yに遷移金属Xのナノ粒子を固定化したX/Y触媒は90%を超える選択性でフェノールからアニリンを合成することに成功しました。この不可能を可能にしたScience
Tokyo無機材出身の修士課程学生・菅野 知泰氏に祝福があらんことを。
4. メカニズム
この触媒のメカニズムにつては五里霧中です。コンセプトの思惑通り機能することと、メカニズムがコンセプトと同じかは別の話です。現在でも面白いことがわかってきています。この反応の活性化エネルギーは33 kJ mol-1であることがわかりました(図4)。従来のアニリン製造では(図1)、一段目ニトロ化の活性化エネルギーは35〜40 kJmol-1、二段目の水素還元の活性化エネルギーは35〜70
kJ mol-1に達します。これは、一段階33 kJ mol-1のPTAで選択的にアニリンを合成できるX/Y触媒が、35 kJ mol-1を超える活性化エネルギーの反応を2つ行う従来製造に比べてエネルギー的に大きなアドバンテージをもつことを意味しています。
5. 展開
PTA触媒の研究はまだ途に就いたばかり。学術・産業・社会に大きなインパクトを与えるテーマに成長する可能性大です。今後のホームページ更新をご期待ください。