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原・石川研究室は材料・表面・化学・触媒を専門とするグループです。


新しい学理によるunlockがこれまでの不可能を可能に

1. はじめに:見ることのできなかった世界
 誰も見たことのない景色を見たいと思ったことはありませんか?触媒の世界にはそのような話が山とありますが、その景色にたどり着くことができないため、ほとんど全てが諦められています。その一つが六方最密充填金属Coの触媒作用です。
 原理的にCoは面心立方格子(fcc)と六方最密充填(hcp)の2つの結晶系をもちます。Coを500〜600 ℃以上にすれば、面心立方格子となり、400 ℃未満の温度で長時間放置すれば六方最密充填となります。ここで、金属Coの作成が問題となります。CoはCo酸化物を水素還元して得られますが、Coにイオン化傾向は高く、容易に還元できません。水素の存在下、Co酸化物を500 ℃以上に加熱すれば、金属Coが得られますが、この温度だと、Coは面心立方格子になってしまいます。このため、これまで面心立方格子のCoの触媒作用しか調べることはできませんでした。
 上の図1をご覧にください。面心立方格子と六方最密充填のCoではその粒子の表面配列が全く異なっています。このことから六方最密充填のCoは面心立方格子のCoと全く異なる触媒作用を発揮することが予想されますが、これを確かめる術はありませんでした。

 まだ見ぬ景色を見たい。そんな思いが六方最密充填Co触媒を生みました。



2. 六方最密充填Co触媒のつくりかた
 できないままでは済ませない。できる方法を見つける・創るが私たちの本懐です。ここで大切なのは、無機、有機、金属材料のセンスとインスピレーションです。高温で水素還元をするから面心立方格子Coが生成してしまうのなら、水素を使わずに低温でCo酸化物を還元する方法を生み出せば、六方最密充填Coを手に入れることができるはずです。そしてフェニルシランを使えば、六方最密充填Coだけを得られることがわかりました(図2)。この手法ではまず、C(II)塩とフェニルシランを混ぜ、140 ℃で加熱すると、フェニルシランで表面がコートされた六方最密充填Coナノ粒子が生成します。この表面のフェニルシランを水酸化ナトリウムで除去し、200 ℃で水素還元すれば、目的物だけを得ることができます。

3. 六方最密充填Coの性能:これまでできなかった高い選択性をこれまでできなかった低エネルギー消費で実現
 六方最密充填Coの触媒性能は、ニトリル化合物の水素還元によるアミン合成で評価しました。アミンは医農薬、化成品の根幹原料の一つです。例としてベンゼン環+炭化水素+アミンの構造をもつ重要な分子を図3に示す。脳内・神経伝達物質として有名なドーパミン、アドレナリンが「ベンゼン環+炭化水素+アミン」の構造をもつことから予想されるように、この構造のアミンは脳神経系の医薬品として重要な役割を担ってます。また、この構造をもつアミンは農薬だけでなく、エンジニアプラスチック、高付加価値ポリマーの原料として現代社会に必要不可欠な化学物質です。
 実験の結果、六方最密充填Coはこれまでになく高い性能でアミンを合成できることがわかりました。まず、この触媒の目的物収率が極めて高く(>97%)、貴金属、面心立方格子Coを含めた全ての触媒を凌駕します。図4に示すように、この反応では赤の副反応ルート(分子縮合)が並行します。この副反応を抑制するには、120 ℃を超える高温、20気圧以上の水素圧、アンモニア添加が不可欠ですが、このような手を講じても最高収率は80%以下です。しかし、六方最密充填Coは70 ℃、5気圧の水素、アンモニアの添加なしの環境負荷を大幅に低減した条件で、目的物だけを合成できます。


4. メカニズム
 このような六方最密充填Coの高い触媒性能は@Co本来の強い「電子供与能」の顕在化、そしてA「六方最密充填Co表面の特異的吸着能」に由来することが明らかになりました。金属の電子供与能が高ければ、青色の主反応が進み、赤色の副反応は抑制されます(図4)。そしてCoは鉄よりもイオン化傾向が高い金属、すなわち、電子を与えやすい金属です。この能力を六方最密充填Coは十分に引き出していることはわかりました。また、この表面では、生成したアミンが表面から素早く抜けるため赤色の副反応が起こりにくくなります。このような2つの能力の協奏によってこの触媒はかつてない性能を発揮します。

5. 展開
 このような話は枚挙に厭いません。体心立方格子の鉄と面心立方格子の鉄…….。これらの秘密を明かすだけで、これまでできなかった大きな省エネを拡大していくことができるのではないでしょうか